恒例の…

今年も初詣には午前7時ごろ、ちょうど初日がのぼるころに出かけた。
神社までは、クルマで出かける。
偶然にも、毎年のように、元日の朝にはボーバさんのクルマに霜の精が舞い降りている。



ちなみに、これは2008年の元日のものだ。

「雪は天からの手紙」というけれど、霜の精の姿にも、似たような意味があるのだろう。
毎年、この写真を撮るのが密かな愉しみの一つである。

それから、初日の出は撮らなかったけれど、初日の入り。
このとき、夕日の光芒が富士山に陰影をつける様子が好きだ。
うう〜、電線よ、相変わらずジャマである。



下の記事にかなり暗いことを書いてしまったから、気を取り直してもうひとつ書いておこうと思ったのだった。
書いてから後悔するなら書かなければよいのだけど…。
こういうこと、書かぬように気をつけてはいたのだけれど、なにせ元日のことなので非常に気にしてしまったのだった。幼稚園児くん、初夢、たのしい夢だといいね。おばちゃんのこと忘れてよく眠るんだよ〜。
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初日の出の前に

起伏のあまりない武蔵野の大地のおかげで、とくに外に出なくても、部屋の中にいるだけで除夜の鐘の響きを聴くことができる。しんとした夜の気配の中、12時半くらいまで聞こえていただろうか。

いつのまにやらこたつで寝入ってしまい、はっと気がついたら4時18分!
あわててムスメのデジカメをひっつかみ、外に飛び出す。



白く寒々とした満月は西の空にあり、神秘的に欠けていた。
上の写真は4時33分。もっとも欠けたという時刻は4時22分だった。
下のは、4時38分。こういう撮り方は初めてなので、倍率が上のと違ってしまった。



元日の明け方から部分月食を見ることができてうれしい…はずなのだが、そのあとなんとも心が重いできごとがあって、すっきりしない新年の幕開けとなってしまった。

昼過ぎ、うたたねしていると、ボールが何かにぶつかるものすごい音がしたので飛び起きた。
見れば、近所の幼稚園児ともっと大きい見知らぬ女の子(ご親戚か?)が、庭に侵入して何か探している。
女の子の手には、なんと金属バットが握られているではないか…!
ぼけたまなこでぽ〜っと見ていると、幼稚園児のほうがボールを発見したようだ。ソフトボールではない。
ぼつぼつのでこぼこがあるボールだ。

一瞬にして目が覚めた。
あわててガラス戸を開け、
「あのね、バットはやめて。バットは怖いよ。
 ガラス戸もあるし、何かあってからでは遅いから、バットはもっと広いところで遊んで。
 ここではバットで遊ばないで。」
と、二人に話した。

幼稚園児は斜向かいのおうちの子で顔見知りなのだけど、だからこそ前々から注意しにくかったのだった。
小さい子同士でバットぶん回してボール打って遊ぶ姿、しょっちゅう見かけていたのだけど、よく親もいっしょになっているから、非常に言いにくかったのだ。
親が付いていて、どうしてこんな狭い通りで、金属バットでボール打たせる?
彼の小学生のお兄ちゃんのものなのだ、金属バットもボールも。

あ〜あ、きっと親御さんに話しただろうな、あそこのおばちゃんにおこられた〜って。
わたし、気をつけてソフトに話したつもりではあったけれども。

実は二か月ほど前のこと、わが家の東隣のご主人も彼らの「ソフトではないボール」遊びのことを気にしていたらしく、「どっかもっと広いところでできないの?」とお母さんのほうに話しかけていたことがあった。
そうしたらお母様曰く
「この近所の公園では、どこも硬球のボール遊び禁止なんですー」。
すみませんのひとこともない。
お隣のご主人、仕方なく「ふーんそうなんだ」と会話をストップさせた。
それを聞いていて、こりゃあ親御さんは「遊ぶ場所がないんだからしょうがないでしょう?」と開き直っているとしか思えないなと感じたのだった。

数年前には、二階のベランダにソフトボールが転がっていたことがあったし……あのときも、親御さんの目の前で、
「これ○○クンのボール? 投げるから受け取ってねー」
って、二階からお兄ちゃんに投げて返したのだった。
それを見ていたのにお母様は何も感じてくれなかったとみえる。

新年早々、近所の子どもに小言を言うなんてイヤである。
しかし、やっぱり「何かあってからでは遅い」。
ああぁ、ジレンマである。
こんなことで気を遣いたくないわぁ…。
もっとおおらかな気持ちで新年を迎えたいものである。
いい年になりますように。いいこといっぱい、ありますように。
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空を撮るひと

来年は元日から部分月食が見られるそうだ。
欠け具合はほんのわずかだというが、いちばん欠ける時刻は午前4時22分ということだから、紅白歌合戦を観たあとがんばって起きてしまって、部分食を見て、つづいて初日の出も見ようかな……と思っている。

先週の木曜だったか、上司から
「ゆうべのテレビ、観た? あなたとおんなじような写真撮るひとのこと、やってたでしょう? ほら、虹だのなんだのって、なかなか見られないようなやつ」
…なんてことを話しかけられた。
よくたずねてみると、どうやら空の光学現象を撮るのを趣味としているひとのドキュメンタリーだったらしい。
NHKだったというので再放送の予定を調べたら、22日の昼間だとわかったので、録画しておいた。

楽しみにその15分番組を観てみた。…

綾塚さんだ!
綾塚さんじゃないか!!

相互リンクもしていただいている。
もう何年前になるのだろう、台風通過後に見つけた怪しい光線の写真を鑑定していただいたのは。
「反薄明光線」という言葉を、そのとき初めて教えていただいた。
このかたのサイトは、空を見るときのわたしの教科書みたいなものだ。

15分という短い時間の中で描かれる綾塚さんの日常は、可笑しいくらいわが家と似ている。
「何か見えそうな空だね……あっ、見えたっ、それっ!!」
と、とるものもとりあえず、いや、カメラだけひっつかんでドタバタとベランダへ庭へと走り出すご夫婦の様子は、ウチのボーバとわたしそのものなのであった。
(ただ、わが家ではツマのほうがオットを扇動しているのだが。)

壊れてしまったデジカメに代わる三代目を購入してもう2か月になるというのに、わたし、まだこれを箱から出していない。
写真を撮る意欲が薄れてしまっている。
ダメだなぁ、「撮る」ことは周囲によく目を配ること、周囲のものを愛すること。
年が明けるまでには、使える状態にするとしよう。
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ポップアップ絵本のこと

本日は休みがとれた。
ついつい珍しく朝寝をしてしまい…というのも、あまりに寒くておふとんから出られなかったのであるが…、8時ごろ起きてみると、自転車のハンドルにスズメがたたずみ、困ったような様子で水盤をちらちら見ている。

初氷だ。氷が張ったのだ。
寒いはずである。

続いて起きてきたボーバさんが、テレビのスイッチを入れる。
今月初めに地デジにして以来、ボーバさんがテレビを観る時間が少々増えた。
映像がきれいなんだそうだ。

彼がリモコンをいじって番組をどんどん変えて選んでいると、「北村…」というテロップが出て、年配の男性がインタビューを受けていた。
「もしや北村薫さん?」
と思ってストップをかけ、その番組を二人で観た。

すぐに再び画面の下のほうに名前が出て、そのかたは北村薫さんではなくて、しかけ絵本で有名な大日本絵画の「編集者の北村さん」であることがわかった。
このひとが手がけているしかけ絵本が、次々に紹介される。

子ども時代からずっと、「『とびだす絵本』というのはいわゆる『赤ちゃん絵本』であって、幼稚。もっと『ちゃんとした本』を読みなさい」と言われてきた。自分でも、そういうものだと納得して育ち、ムスメが生まれてからも避けて通ろうとしていた。

しかけ絵本が、夢のある、いわば「芸術品」であると気づいたのは、いつ頃のことだろう。
『不思議の国のアリス』に出会い、ムスメにせがまれて『ピーター ラビット』を購入したのはまだ3歳くらいの頃だったろうか。
それから約10年ののちにロバート・サブダに出会った。やはり、このサブダとの出会いが、それまでの認識をひっくり返したのだと思う。
サブダのしかけ絵本は、ときに目がさめるほどの鮮やかさで胸をときめかさせ、クリスマス関連のものは白を基調としたシンプルな美しさで幅広い年齢層のハートを掴んでしまう。
わたしが持っているのは『Winter's Tale』だが、これも白が美しく、最後のページのしかけがまた楽しい。



北村さんはサブダの最新のポップアップ絵本『まほうつかいのノナばあさん』を最後に紹介してくれた。トミー・デ・パオラのあの絵本だ。
どんなふうに楽しく大胆に仕上がっているのかな、実際に手にとってみたいところだ。…というのも、しかけ絵本はどれもみな手が込んでいるために単価が高く、簡単に購入できるものではないからなあ。



売れ筋の絵本として、ページをめくるごとにてんとう虫の数が減ってゆくというのも紹介していたけれど、これって「数のおべんきょう」に使っているのでは? なんだか親の魂胆みえみえである。
しかけ絵本はそんな目的で選んではいけない。あくまでも、子どもをわくわくさせるおもちゃであり、芸術品なのだ。

「おもちゃ」。そういえば、…こんなことがあったっけ。
上司に初孫ができたとき、一歳を目前にしたクリスマスのプレゼントに絵本を選びたいので何かないか、と尋ねられたのだった。
「クリスマスっぽいのがいいんだけど」と言うので、わたし、つい答えてしまったのだ。
「ポップアップ絵本に、きれいで楽しいのがいっぱい出てますっ!」

なんで一歳の「怪獣」だということに注意を払わなかったんだろう、ワタシ。
上司、喜び勇んでリブロに出かけ、さっそく購入。
あとになって曰く、
「一瞬で壊されてしまった」。


   *** *** ***

これはお気に入りのサブダの絵本。


こちらは、ページをめくると鬱蒼としたジャングルにいるかのごとく動物たちの鳴き声が聞こえてくるという珍しい絵本。あっという間に売れてしまったとか。
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観たいけど我慢の日々

台湾で4日から公開中の「ふるり」。
その試写を観たというかたのブログを読ませていただいた。

「ユーモラスであたたかくてじんとくる」とあった。
本郷君をはじめ出演者がみんないい味を出している、とあった。
日本と台湾の、女性の生き方の違いみたいなものも感じられるとか…。
いいなあ、現地での評判はどうなのだろうか。
現地での評判がそのままこの作品の評価となり、日本での公開という希望につながりますように。

観たい映画がいくつかある。
これまで毎月のように映画館に足を運んでいたけれど、さすがに秋からは自粛している。受験シーズンが終わるまでは、ムスメをさしおいて親が遊びほうけるわけにはいかなくて…。
「のだめ」、「アバター」、「ニュームーン/トワイライト・サーガ」。

「ニュームーン」は、「トワイライト」の続編。続編が公開されていたのを、実は知らずにいた。
前作「トワイライト」はストーリーもよかったけれど、ロケ地の奥深い林がすごく魅力的だったのだ。
何と表現したらよいのだろう。深い、エメラルドがかったような森林のグリーン。湖の色。すてきだった。神秘的な緑だった。吸い込まれそうに魅力的だった。
あの緑の不思議な色合いが、現実離れした、けれども妙に真実めいたストーリーを、いっそう引き立てているように思えたのだった。

観に行ってしまおうかなぁ、「ニュームーン」。
わが家の受験生の本棚にも、「トワイライト」の文庫版シリーズがずらりと並んでいる。若い子にとっては、かなり気になる作品よね…。うちのボーバまでが観たい観たいとワクワクしているんだから、もぅ。

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気がつけばあとひと月!

今、目の前、窓の向こうでクリスマスイルミネーションがほわりと点灯した。
この点灯の瞬間を見るのが好きだ。心がやさしくほぐれてゆくのを感じる瞬間だ。
何か、ほのぼのとした想いと、どこかわくわくしたささやかな高揚感。そんなものに包まれる。
わが家の庭は、緑と黄色が中心の、とてもシンプルな電飾だ。ドウダンツツジの赤い紅葉の影から、ペンギンの親子がそっと通りの様子をうかがっている。

本日は休みをいただいた。
日曜以外に月3日いただける休日も、12月の場合は20日前に消化しなければならない。
その貴重な休日も、11月後半からはすべて「大掃除の日」となってしまうのであった。
……なぜなら、職場の御用納めは毎年12月30日。しかも18時の定時まで、しっかり業務がある。
年末年始の休みは31日からなので、その日はおせち作りや年賀状書きで終わってしまうのであった。
よって、大掃除は前々から少しずつ、というのがわたしのやり方なのであった。
きょうは窓のていねい拭き。
曇天は、窓拭きには絶好のお天気で、よくはかどってきれいになったけれど……くたびれた。
11月後半からの休日は、掃除をしてくたびれるためにあると言っていい。泣く

くたびれきって、コーヒーを淹れてほっとしているところへ届いたメール便。
ムスメの予備校からのものだ。
中には11月に受けた模試の結果が……。

期末試験中のムスメは、のんきにこたつでお昼寝なんぞしているのだけれど、気がつけばセンター試験まであとわずかなのであった。国公立は受験しないことになったのでメインの試験は2月なのだけれど、やはりセンター試験は大事だ。いろんな意味で。
彼女の場合は、16日の11時15分から1教科めの地歴の試験が始まる。
親子ともに緊張感もなくここまで来てしまったので、カウントダウンのツールなど貼ってみた。

小さい頃から中学まで公文をやっていたわりには家庭学習の習慣が身に付かず、高校受験まぢかの中3の1月半ばになってまで「勉強しなさい」とガンガン怒った記録がこのブログに残っている。
受験した高校は奇跡的にすべて合格したけれど、今度は全国の高校生が相手。
3年前とは違うぞ、どうするムスメ?

彼女は、漢検や英検をはじめ、受験(検)して「不合格」になった経験がないのであった。
友人たちがことごとく失敗する中、このコだけはなぜか、おそらくいちばん勉強せずに、するりと合格してしまって。
だから、努力しなくちゃという焦りが生まれない。なんとかなるさ、と思ってしまうんだろうなあ…。
よくない。
非常によくない。

大学受験だけは、そんな「するり」は絶対にありえない。
努力しない者には、女神様はほほえんでくれない。
あと1か月くらいなのだから、死ぬ気で勉強しておくれ〜。
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鈴木選手に泣けた

フィギュアスケートのグランプリファイナルを、金曜、土曜と楽しんで見ていた。
今回は、女子シングルにはあまり惹かれるものがなくて、男子のほうばかりに注目していた…はずだった。
だのに、ゆうべのフリーで女子の鈴木明子選手がほとんどミスなく滑り終えたその瞬間、涙が出てきてしかたなかった。

摂食障害から立ち直り、あこがれの先輩・荒川静香の演技を見て「しーちゃんみたいになりたいな」とつぶやいたという彼女。
「なれるよ。誰が教えていると思っているの?」
彼女の指導をしている男性(ひげがすてきな年配者だ)は言ったという。
この先生は、荒川静香を教えていたこともあったというひと。
見るからに頼りがいがありそうで、よき相談相手になってくれそうな、優しそうな笑顔を見せるかたである。ゆうべは、滑り終えて戻ってきた鈴木選手をすごく温かそうな笑顔で迎えていた。

ジャンプがすべてシングルで終わってしまったカナダ大会のときとは全く違う彼女だった。
一心に、フィナーレに向かって滑る鈴木選手の姿は純粋そのものだった。
まっすぐで、一生懸命で、持てるものを余すところなく発揮しようとしている一途な想いがひしひし伝わってきた。
与えられたこの舞台で、後悔なく力を出し切ろうとする姿に、胸を打たれたのだと思う。マンボのリズムにのってステップを踏む彼女の溌剌とした表情が特に印象的だった。

あの先生のおかげだね、いい先生についてもらってよかったこと、と言うと、ボーバさんも「マインドコントロールが上手な人なんだろうね」と言う。
あの温かそうな先生を、バンクーバーに連れてってあげてほしいなと思う。三人の日本代表の中に、彼女もぜひ選ばれてほしいと願っている。

このたびの大会では、男子の高橋選手の演技を特に楽しみにしていたのだった。ヒゲを生やした彼は好きでないのだが、ヒゲをきれいに剃ったあとの彼はいいなと思う。大きなケガを克服して復活したというのも、応援したくなる要素なのであった。
テレビを観る前、ムスメに打ち明けた。
「ハハは今夜、ひじょ〜にイヤ〜ンな予感がする。無理して4回転やってすっころんで、ドカーンと順位を落とすような気がしてならない」。
そして、結果はそのイヤ〜ンな予感どおりになった。
転倒した瞬間、ファンはどんな気持ちだったろう?
わたしは、悲しかった。どうして3回転で手堅く美しくキメなかったのだろう、と。チャレンジ精神を評価するという気持ちにはなれなかった。どうして、一つ一つの大会を大事にしないのかな、と悲しかった。
無理なチャレンジ精神でばくちを打つより、手堅く美しいジャンプで、ファンを喜ばせてほしかった。

転倒したあとの高橋選手は、もうボロボロで、録画を何回も再生して見たくなるようないつもの演技ではなかった。表情も単調で、引き込まれるようなものは何もなかった。観衆を引き寄せるような魅力を出そうという闘志が、彼にはもう消えうせているように見えた。演技終盤では、もう試合を捨ててしまったかのようにも見受けられた。

だのに、今朝の新聞を読んだら、4回転は金メダルを取るためには絶対必要だからチャレンジし続けると言う。
おそらく、五輪出場選手3枠の中には、彼は入ることができるだろう。ほぼまちがいなく。
でも、プルシェンコは神様だから…、彼を追い抜いて金、なんて考えなくていいよ…。銀でもいいじゃない。
いやいや、わたしとしては、昨晩のような心ここにあらずといった演技を見せられるくらいなら、メダルなんてどうでもよいからケガなく美しく力強い演技を見せてもらえればそれで満足に思う。
4回転にこだわる前に、ステップでレベル4をいただけるよう練習を重ねるとか…得点増の手段はほかにあるのじゃないかなと素人ながらに考えてしまう。
もう、闘志を失ったみたいなボロボロの彼の姿を見るのはいやだなあ。
スポーツはショーではないのだけれども…。一観客として、一ファンとして、こんなふうに思ったのだった。
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